長年ピアノを習っている仲間から、こんな話を聞いたことがあります。ある発表会の会場で、見覚えのない男性が最前列に陣取り、演奏中の子どもたちに何度もカメラを向けていた。周りの保護者も先生も、誰も声をかけなかった。後になって「あれ、おかしくなかった?」と話し合ったけれど、その場では誰も動けなかった、と。
特別な教室の話ではありません。地域の個人教室で、ごく普通のピアノ教室の発表会での出来事です。
「子どもを狙う犯罪は、今も増え続けている」
警察庁が2025年3月に公表した統計によると、2024年に18歳未満の子どもが被害に遭った性犯罪の検挙件数は、全国で4,850件にのぼりました。これは過去10年間で最多の数字です。
「最多」という言葉には注意が必要で、この数字は法改正(2023年に強制性交等罪が不同意性交等罪に改められ、犯罪の成立範囲が拡大した)の影響も含んでいます。ただ、法整備が整いつつある中でも件数が増えているという事実は、問題が縮小していないことを示しています。
盗撮に絞って見てみると、2023年の盗撮検挙件数は6,933件(前年比1,196件増)。2023年7月に「撮影罪(性的姿態撮影等処罰法)」が新設され、より厳しい罰則が設けられたにもかかわらず、件数は増加しています。さらに、犯罪白書によると盗撮犯の再犯率は36.4%。3人に1人以上が繰り返すという数字です。
これらはあくまで「検挙された件数」です。届け出に至らなかったケース、そもそも被害に気づいていないケースは、統計の外にあります。
「なぜ個人のピアノ教室はリスクを抱えやすいのか」

このサイトでは以前、音楽教室のセキュリティ問題を取り上げた記事(セキュリティに問題がある音楽教室は選んではいけない理由)が公開されています。住宅街や雑居ビルにある中小規模の教室では、人の目が少ない環境がリスクになるという内容です。
ここではさらに踏み込んで、教室の形態ごとにリスクの構造を整理してみたいと思います。
先生の自宅で運営している教室の場合、むしろ問題になるのは教室の外です。送迎のあいだ、教室の前で待機している保護者や子どもを狙った待ち伏せ型の危険があります。先生一人でレッスン中は、外の状況に目が届きません。何かあっても、すぐに気づけない環境になっています。
一方、テナントビルの一室を借りて運営している教室は、また別の問題があります。ビルの共用部分——エントランス、廊下、エレベーター——は不特定多数が出入りできる空間です。「ピアノ教室のある階まで誰でも来られる」状態になっていることが多く、教室の扉の前まで来ても誰にも止められない、ということが起きやすい構造です。
いずれの形態でも共通するのが、防犯カメラがそもそも設置されていないという点です。個人が運営する教室で防犯カメラを設置しているケースは少なく、何か起きたとしても映像による確認ができません。カメラがあること自体が抑止力になるという観点でも、その効果が得られていない教室が大多数と言えそうです。
さらに、個人レッスンという形式そのものが持つ密室性も見落とせません。先生と生徒が一対一になる時間が構造的に発生するため、外部の目が届きにくい状況が定期的に生まれています。
「発表会は、もっとも無防備な場になりうる」
年に一度の発表会。子どもたちが晴れ舞台に立つ、教室にとって大切なイベントです。しかし、セキュリティという観点から見ると、発表会は個人教室がもっとも無防備になりうる場面でもあります。
理由は単純で、普段は教室に来ない「外部の人間」が大勢入ってくるからです。
発表会の受付では、事前に名簿を作って来場者を管理している教室も少なくありません。ただ問題は、開場直後の混雑した時間帯です。複数の家族が一度に入ってくる場面では、受付の目が追いつかなくなります。その隙にスムーズに入り込まれると、あとは会場内で保護者のように振る舞うことができます。
実際にこういった事例があります。ある発表会で、最前列にカメラを持った見知らぬ男性が陣取っていました。不審に思った会場の管理人が声をかけ、カメラの中を確認したところ、演奏中の子どもたちをローアングルから撮影した画像が複数見つかった、というものです。
この種の行為を難しくするのは、発表会が「撮影して当たり前」の空間だからです。保護者のほぼ全員がスマートフォンやカメラを構えている状況の中では、カメラを持っている人間を不審に思いにくい。悪意ある撮影行為が、周囲の普通の撮影に紛れてしまいます。
盗撮犯の再犯率が36.4%であることを思い出してください。一度来場を許した人物が、翌年の発表会にも戻ってくる可能性があります。教室側に記録が残っていなければ、それを防ぐ手立てはありません。
「盗撮は、36%の確率で繰り返される」
盗撮犯に関してもう少し詳しく触れておきます。
盗撮は「性的な依存症の一形態」と指摘する専門家もいます。一度行為に至った場合、処罰を受けても同じ行動を繰り返すケースが3人に1人以上いるというのが現実です。
2023年に施行された撮影罪では、16歳未満の性的姿態の撮影は、同意の有無にかかわらず処罰の対象となりました。罰則は3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金。法律としては整備されてきていますが、犯行現場でのリアルタイムな抑止力としては限界があります。
現行犯でなければ逮捕が難しいケースも多く、「撮られた」と気づいた段階でも、証拠が残っていなければ立件に至らないことがあります。つまり、犯行を起こさせない環境を事前に作ることが、現実的な防衛手段になります。
「今日から保護者が確認できること」

最後に、教室選びや発表会前に確認できる現実的なポイントを整理します。
テナントビルの教室は、建物の入口環境を見る ビルのエントランスに管理人やオートロックがあるか、教室のある階までの動線に人の目があるかを確認することができます。誰でも自由にエレベーターに乗れる構造の場合、教室の扉の前まで無制限に来られることになります。
発表会の受付周りを事前に確認する 「発表会の受付はどのように管理していますか」と聞いてみることは、不自然ではありません。来場者の事前登録制を採用しているか、開場直後の混雑時にどう対応しているか。先生がどこまで意識しているかが見えてきます。
先生一人体制のリスクを把握しておく レッスン中、先生は外の状況に目を向けられません。待機中の子どもや帰宅途中の生徒について、誰がどのように見ているかを確認しておくことで、送迎や待機のリスクを減らすことができます。
防犯カメラの有無を確認する 設置の有無だけでも、教室側の防犯意識の目安になります。「カメラがある=安全」とは言い切れませんが、何かあったときの記録が残るかどうかは、抑止力と事後対応の両面で意味があります。
数字として見えているのは、あくまで「検挙された事案」だけです。実際には表に出ていない件数が相当数あると考えられています。「まさかうちの教室が」という感覚は自然なものですが、その感覚そのものが、こうした犯罪が成立しやすい環境を作る一因にもなっています。
教室を選ぶことと同じくらい、その教室のセキュリティ意識を確認することは、子どもを守るうえで意味のある行動と言えそうです。
出典
- 警察庁「令和6年における少年非行及び子供の性被害の状況」(2025年3月)
- 警察庁「痴漢・盗撮事犯の検挙状況」(令和5年)
- 法務省「令和6年版犯罪白書」
- 性的姿態撮影等処罰法(2023年7月13日施行)