月謝の40〜60%。これが、大手音楽教室でピアノを教えるときの先生の手取り相場とされている数字です。
月謝を6,500円とすると、先生が受け取るのは2,600〜3,900円ほどになります。そこへ発表会の準備・当日運営・後片付けが加わります。ヤマハ音楽講師ユニオンが2020年に実施したアンケートでは、「担当生徒が出ない発表会にも手伝いにいかなければならない。司会、歌の伴奏、着ぐるみ、1日がかりの仕事で、謝礼は一円も出ない」という声が複数集まりました。
こうした実態のなかで、ヤマハ音楽教室のピアノの先生を辞める選択をした人は少なくありません。辞めてよかったのか、後悔したのか。公開されているデータと当事者の声から見えるものを整理していきます。
「ヤマハ音楽教室を辞めるピアノの先生は、どれくらいいるのか」
ヤマハ音楽教室のピアノの先生の多くは、正社員ではなくフリーランスとして、特約店(楽器店)との業務委託契約のもとで働いています。会社員ではないため社会保険は自己負担、レッスン料の一部を特約店・本部に納め、残りが報酬となる仕組みです。
業界全体で「年間何人辞めた」というデータは公開されていません。ただ、転職口コミサイト・SNS・業界関係者への取材を通じると、「辞めた」という声はかなり継続的に存在しており、特別なことではなくなっているとは言えそうです。
辞める先生のパターンは、大きく3つに分けられます。個人ピアノ教室を開いて独立する、別の音楽教室へ移籍する、講師業から離れる、の3つです。それぞれの「辞めたピアノの先生」の声から、その後に何が起きたかを見ていきます。
「ヤマハを辞めた理由の上位に挙がるのは収入と自由度の問題だ」
「なぜヤマハを辞めたのか」という問いに対して、最も多く挙がるのは収入面です。
月謝の40〜60%が先生の手取りになる仕組みでは、生徒数が多くなるほど絶対額は増えます。ただ、フリーランスである以上、国民健康保険・国民年金は全額自己負担になります。大手音楽教室に所属しながら、スキルアップを名目に月額数万円の有料レッスンや講座の受講を事実上求められるケースもあったとされています。「受講しないと担当レッスンを減らすと言われた」という声も確認されており(Yahoo!知恵袋、元ヤマハ系列講師の投稿より)、「多くの生徒を担当していても、手残りが想像より大幅に少ない」という声は業界でよく聞かれます(元業界関係者談)。
さらに近年は、生徒数そのものの減少が収入への打撃として重なっています。ONFAN.の調査によれば、ヤマハ音楽教室の会場数はピーク時の6,000〜7,000箇所から2,200箇所前後へ、生徒数もピーク時の約50万人から30万人程度にまで落ち込んでいます。フリーランスの先生にとって、生徒数の減少は即収入の減少に直結します。「体験レッスンを開催しても人が集まらず中止になることが増えた」「以前は満席だったクラスが半分以下になった」という声は、業界関係者への取材でも確認されています(元業界関係者談)。
また、特約店(楽器店)側の経営悪化も、先生の立場を不安定にする要因として挙がります。「生徒数が減っているせいか、退会させないようなレッスンをしろという締め付けが強くなった」という声が講師側から出ており、指導よりも退会防止を優先するよう求められる状況に違和感を覚えて辞める選択をするピアノの先生もいるようです(Yahoo!知恵袋、元ヤマハ系列講師の投稿より)。
レッスン外の業務が問題として挙がることも多くあります。ヤマハ音楽講師ユニオンが2020年に実施したアンケートでは、発表会の無報酬業務について「司会、歌の伴奏、着ぐるみを着ての仕事、1日がかりで謝礼は一円も出ない。講師になって10年以上になる」という声が記録されています。同アンケートでは「業務改善を申し出たら翌年のレッスンから外された」「ハラスメントを受けて精神疾患を発症した」という回答も報告されています(ヤマハ音楽講師ユニオン、2020年)。
もうひとつよく挙がるのが、カリキュラムの自由度です。ヤマハ音楽教室では、公式のテキストと進度に沿ってレッスンを進める仕組みになっています。ピアノの先生が「この生徒にはこちらの曲が合っている」と感じても、対応できる幅には限界があります。「もっと生徒一人ひとりに合わせた指導をしたかった」という声は、辞めたピアノの先生の理由として繰り返し語られています。
「ヤマハ音楽教室を辞めてよかったと語る先生たちが口を揃えること」

辞めたピアノの先生たちが「よかった」と語る内容には、いくつかの共通点が見えます。
もっとも多いのは、収入が上がったという声です。個人ピアノ教室を開いた場合、月謝は全額が自分の収入になります。大手音楽教室から独立したピアノの先生の中には、収入が独立前より大幅に増えたという声は少なくありません(元業界関係者談)。生徒数・単価・レッスン設計をすべて自分でコントロールできるようになったことが大きかったとされています。
独立直後は集客に苦労する時期があります。大手教室の集客力・ブランドを失うため、最初の1〜2年は収入が安定しないピアノの先生も少なくありません。ただ、「数年で軌道に乗ったあとは、大手時代より収入が増えた」という報告は、業界コンサルタントへの取材でも繰り返し聞かれます(元業界関係者談)。
次に多いのが、指導の自由度に関する声です。「自分でテキストを選べるようになった」「生徒が弾きたい曲を一緒に選べる」「各生徒のペースに合わせた進め方ができる」という話は、独立したピアノの先生たちの言葉にほぼ共通して出てきます。カリキュラムという枠から外れることで、指導の密度が上がったと感じているピアノの先生は少なくないようです。
発表会の無報酬業務から解放されたことも、精神的な余裕につながったという声があります。「年間数回の発表会準備で消耗していた時間とエネルギーが、自分の生徒に使えるようになった」という言葉は、複数の元ヤマハ講師の体験記に共通して見られます。
「それでも後悔したという声は、どこから来るのか」
「辞めてよかった」という声がある一方で、後悔したという声も存在します。
もっとも多いのは、集客に関する苦労です。ヤマハ音楽教室という看板がある状態では、問い合わせは自然に入ります。独立後は、SNSを自分で運用し、口コミを育て、地域に認知してもらうところから始める必要があります。「最初の1〜2年は精神的にも経済的にもきつかった」という声は複数確認できます。
次に挙がるのが、研修・勉強機会の喪失です。ヤマハ音楽教室では、定期的な研修や講師向けの勉強会が設けられています。指導法の更新・楽典の知識・演奏技術のブラッシュアップが、組織に所属することで自然に提供されていた点に、退職後に初めて気づくピアノの先生も少なくないようです。「インプットを自分で確保しなければならない負担は、思った以上だった」という声があります。
孤独感を挙げる先生もいます。大手のピアノ教室に勤めているあいだは、同僚の先生や先輩との情報交換が日常的にありました。独立後は、それが一切なくなります。「同じ立場の人と話す機会が減り、精神的に孤立した時期があった」という声は、業界関係者への取材でも出てきます(元業界関係者談)。
25年以上ヤマハに勤務したのち退職したピアノの先生の体験記には、「荷物をおろした感覚と同時に、自分が積み上げてきたものの大きさを実感した」という言葉が記されていました。後悔というよりも、感謝と整理が混在するような感覚として語られることも多いようです。
「ヤマハ音楽教室を辞めた先生と辞めなかった先生で、分かれたものを見る」
ヤマハ音楽教室のピアノの先生を辞めた人と辞めなかった人を比べると、単純にどちらが正解というわけではないことが見えてきます。
辞める選択をしたピアノの先生の多くは、「収入の向上」「指導の自由」「自分のピアノ教室を持ちたい」という優先事項が明確だったようです。裏を返せば、独立後の集客リスク・孤独・自己研鑽の負担を引き受ける覚悟があった、とも言えます。
一方で、辞めなかったピアノの先生の声を聞くと、「安定した集客がある」「教材・カリキュラムの負担がない」「研修で常に学べる」という点を評価していることが多いとわかります。ヤマハ音楽教室が持つブランド力・教育システムの完成度は、先生側にとっても無視できない恩恵として機能しています。
「ヤマハを辞めたあと後悔するかどうか」は、何を優先しているかによって大きく変わるようです。収入・自由・組織としての安定のどこに重きを置くかが、その後の評価を左右しているように見えます。
ヤマハを辞めたすべてのピアノの先生が「よかった」と言うわけでも、残ったすべての先生が「よかった」と言うわけでもない。どちらの声も一定数存在する、というのが、今回の調査から見えてくる実態です。
出典
- ヤマハ音楽講師ユニオン「レッスン外業務報酬(発表会が主)に関するアンケート」(集計期間:2020年10月20日〜12月20日)、Yahoo!ニュース(今野晴貴)掲載
- ONFAN.「ヤマハ音楽教室が教室減でも生き残れる3つの理由」