「うちの先生は生ピアノを持ってないと厳しいって言うけど、他の教室ではそこまで言われないみたい」
先生によって、生ピアノに対する温度差があるという話をよく耳にします。「生ピアノを買わない生徒に起きるデジタル弾きという現象」では、電子ピアノで練習してきた生徒に「デジタル弾き」というクセが出やすいことや、発表会前にそのギャップに気づいて戸惑う生徒たちの様子をお伝えしました。今回は視点を変えて、実際に教えているピアノの先生たちが、生ピアノへのこだわりについてどう考えているのかを見ていきたいと思います。
今のピアノの先生はどう変わってきているのか
以前、ピアノ教室を対象にしたアンケートで、電子ピアノでの練習を「良いと思わない」と答えた先生が4割程度、「良いと思う」と答えた先生が3割程度という結果が出たことがありました。ただこの調査、実施されたのは2013年のことなんです。10年以上前のデータをそのまま今の実態として受け取るのは、さすがに無理があります。
では、今のピアノの先生たちはどう変わってきているのでしょうか。
はっきりしているのは、音大への進学者数そのものが減少傾向にあるということです。それにともなって、音大を卒業していなくても、独学や通信講座を活用しながらピアノの先生になる方が増えているといわれています。もともとピアノ講師になるために必須の資格や学歴は存在せず、ヤマハやカワイのグレード試験、ピティナの指導者ライセンスなどは「あると有利」程度の位置づけです。
こうした背景から、「ピアノ教室で急増するピアノを買わない生徒の所有率とは」でお伝えした「ピアノを買わない生徒」が増えている流れと合わせて、先生の側の指導観にも、以前とは違う多様さが生まれてきているのではないかと感じています。
実際、教室選びのガイド記事を読んでいても、「先生の経歴だけで選ばない方がいい」というアドバイスを見かける機会が増えました。音大卒かどうかよりも、どんな指導方針を持っているかの方が、家庭にとっては大切な判断材料になってきているのかもしれません。
ピアノ演奏力を重視する先生が大事にしているもの

生ピアノへのこだわりの強さを分けているのは、実はコンクールや受験を目指しているかどうかだけではなさそうです。もっと根っこにあるのは、演奏力そのものと、生ピアノとのつながりをどれだけ大事にしているかという点だと考えられます。
コンクールや受験を目標にしていなくても、演奏力を丁寧に育てたいと考える先生は少なくありません。強弱の微妙な変化やペダルの繊細な使い分けは、コンクールに出るかどうかにかかわらず、ピアノという楽器の魅力そのものに関わる部分だからです。こうした先生にとって、生ピアノは「本番のための道具」というより、「音楽そのものを深く味わうための入り口」に近い位置づけなのかもしれません。
もう一つ、現場でよく語られる見方として、ヤマハ音楽教室出身の先生に、この傾向が強く出やすいという声があります。ヤマハ音楽教室は仕組みとして、レッスン会場の運営や設備を特約の楽器店が担ってきた歴史があり、楽器店と教室が一体になって成り立っている面があります。指導法そのものも、グレード試験など演奏力を段階的に測る仕組みが整っていて、生ピアノでの演奏を前提にしたカリキュラムが組まれています。こうした環境で育ってきた先生ほど、生徒にも生ピアノでの演奏経験を積んでほしいと考える傾向が自然と強くなるのかもしれません。
いずれにしても、こうした先生の教室に体験レッスンで訪れると、最初の段階から「将来的には生ピアノをご用意いただきたいです」とはっきり伝えられることが多いようです。曖昧にせず早めに方針を共有してくれるという意味では、家庭側にとってもかえって分かりやすいという声もあります。
こだわらない先生が見ている景色
一方で、生ピアノの所有をそれほど重視しない先生たちもたくさんいます。こちらのタイプが大切にしているのは、ピアノを弾く楽しさそのものや、習い事を通じた生活の豊かさです。
生徒をコンクールに出さない方針の先生が、演奏力を軽く見ているとは限りません。楽しさを大切にしている先生の中にも、演奏力の育て方に強いこだわりを持つ方はたくさんいます。両者を分けているのは、コンクールに出るか出ないかではなく、その先生が演奏力と生ピアノとのつながりを、どれくらい重要な要素として位置づけているかという点です。
実際、ピアノを含む楽器演奏には、脳の発達を後押しする効果があるという研究が重ねられてきました。東北大学の研究では、楽器演奏が脳の前頭前野を活性化させることが報告されていますし、音楽教育の現場でも「非認知能力」と呼ばれる、忍耐力や協調性といった力を育む効果が注目されています。こうした研究を根拠に、「まずは楽器そのものを好きになってもらうこと」を優先する先生が一定数存在しているのです。
実際に「電子ピアノでの受講でも大丈夫ですよ、上達しますよ」とはっきり伝える教室もあり、住宅事情や経済的な事情で電子ピアノを選ぶご家庭が増えている今、こうした受け止め方はすでに珍しいものではなくなってきています。
ただ、ここには少し複雑な事情も隠れています。「生ピアノを買わない生徒に起きるデジタル弾きという現象」でお伝えしたように、生ピアノを勧めれば、費用の負担を理由に生徒が教室を離れてしまうかもしれないという不安から、あえて踏み込んだ提案を避けている先生も一定数いるようです。つまり「こだわらない」という選択の裏側には、楽しさを大切にしたいという前向きな理由と、生徒を失いたくないという現実的な理由の、両方が混ざっている場合があるのかもしれません。
相性でピアノ教室を選ぶという発想

ここまで見てきたように、生ピアノへのこだわりの強さは、その先生が演奏力と生ピアノとのつながりをどう位置づけているかによって変わってきます。コンクールや受験の有無だけで判断できるものではなく、どちらが優れているという話でもありません。家庭の方針との相性の問題だと捉えるのが自然かもしれません。
演奏力をじっくり育てたいと考えているなら、早い段階から生ピアノを前提にした指導をしてくれる先生の方が、方向性が合いやすいはずです。反対に、まずは楽しく続けることを一番に考えているなら、楽器の所有にこだわらず、ピアノそのものを好きになることを大事にしてくれる先生の方が、心地よく通い続けられるかもしれません。
体験レッスンの段階で、「生ピアノについてどう考えていますか」と先生に率直に聞いてみるのも、ひとつの方法です。答え方や、その理由の説明の仕方から、その先生がどんな指導観を持っているのか、意外と見えてくるものがあるのではないでしょうか。
もし今、電子ピアノで練習を続けていて、生ピアノを買う予定が今のところない、というご家庭であれば、楽しさやQOLを重視する先生との相性の方がよい場合が多いように思います。逆に、演奏力をしっかり育てたいと考えているなら、早い段階で生ピアノへの切り替えを見据えた指導をしてくれる先生を選んでおいた方が、後になって慌てずに済むかもしれません。教室選びの基準に、ぜひ一つ加えてみてください。
出典
- ピアノ教室.net「電子ピアノでの練習についてのアンケート」(2013年)
- 椿音楽教室・鍵盤の旅人ほか、複数の教室選びガイド記事
- 東北大学 川島隆太教授らの研究に関する各種報道
- ヤマハ音楽振興会・ピティナによる音楽教育に関する情報発信
- ヤマハ音楽振興会「YAMAHA MUSIC SCHOOL講師募集」ページ
- 元ヤマハ音楽教室講師によるnote記事「ヤマハ音楽教室の強み、とは。」