誰も教えてくれなかったピアノ教室・音楽教室ホントの話

業界裏話

調律師は高収入、楽器店員は薄給。この格差を誰が放置したのか

調律師が外車で楽器店員が薄給——経営者が放置した格差の正体-ONFAN

調律師が来る日は、毎年の小さな楽しみだった。2時間ほど黙々とピアノに向き合い、帰り際に「今年は狂いが少なかったですね」とひと言残していく。子どもながらに、何か特別な仕事をしている人だという印象を持っていました。

音楽教室業界を取材するようになって、その「特別感」の裏に、かなり複雑な経済構造があることを知りました。


「調律師が外車に乗り、楽器店員が市営団地に住む理由」

業界関係者から、こういった話を聞いたことがあります。

業務委託で楽器店から調律の仕事をもらっている調律師が、高級外車を乗り回している。一方で、その調律師に仕事を「発注している側」である楽器店の社員が、年収300万円前後で家族と市営住宅に住んでいる——。

これは特定の話ではなく、業界内で複数の関係者が口をそろえて証言する、ある種の「あるある」です。仕事を出す側よりも、仕事を受ける側の方が豊かな生活を送っている。この逆転現象はどこから来るのでしょうか。


「楽器店が仕事を出しているのに、なぜ調律師の方が豊かなのか」

まず、ピアノ調律の基本的な単価を確認しておきます。

定期的に調律されているピアノの場合、1件あたりの料金は1万円から2万円が市場相場です(J-net21・中小企業庁系統計)。ただしこれは毎年継続して調律されているピアノの話で、長年放置されたピアノや、コンサートピアノのように精度の高い作業が求められる場合は、さらに割高になります。楽器店が顧客に請求するこの料金から、業務委託調律師への報酬が支払われます。

問題は、この流れの中に「誰がどのくらいを受け取るか」という部分が、業界外にはほとんど見えないことです。

楽器店が顧客に請求した調律料金のうち、業務委託調律師に支払われる報酬比率は、業界慣行として外部に公開されていません。具体的な比率は非公開のため断言はできませんが、仮に月50件の調律をこなす調律師であれば、年収400〜600万円に達するケースも出てくると複数の関係者は口にします。さらに、依頼内容が高単価な案件に偏っていたり、独自に店舗や工房を構えて修理・整調まで手がける調律師になると、年収1,000万円を超えるケースもあり、なかには2,000万円超という調律師も存在するとされています。

一方、楽器店の一般社員(販売・事務・管理スタッフ)の年収はどうでしょうか。業界内の実態として、300万円前後というケースが珍しくないとされています。

この差が、外車と市営団地という対比を生み出しています。


「調律師が楽器店の顧客を『借りて』いる構造」

ただし、業務委託調律師の収入構造は一見シンプルに見えて、実際にはかなり複雑です。

業務委託調律師の顧客基盤は、大きく2本の柱で成り立っていることが多いとされています。1本目は楽器店が持つ顧客リスト——そのお店でピアノを購入した家庭への定期調律です。2本目は、個人のピアノ教師との関係から生まれる調律依頼です。先生と長期的な信頼関係を築いた調律師は、先生の自宅や生徒の自宅の調律を継続的に受注できるようになります。

重要な点として、1本目の顧客情報——お客様の連絡先・ピアノの機種・前回の調律日——は楽器店が保有する資産です。業務委託調律師はその情報を「使わせてもらう」立場に置かれているため、業界の関係者によると、事実上1つの楽器店に専属する形になるケースが多いといいます。

専属になることで調律師は安定した仕事量を得られる一方で、楽器店への依存関係も生まれます。修理など大きな案件が発生した場合も楽器店を通して受注するケースが多く、その場合は楽器店のマージンが乗るとも言われています。顧客との関係は「自分で築いた」ように見えて、顧客情報という根っこは楽器店が握っている——というのが実情に近いようです。


「楽器店社員の年収が上がりにくい構造的な理由」

では、楽器店の社員側はなぜこれほど年収が低いのでしょうか。

まず、楽器店の主な収益源はピアノの販売です。ところが、ヤマハとカワイの国内アコースティックピアノ販売台数は、2000年から2017年の間にアップライトが39,835台から12,696台、グランドが9,435台から3,289台へと、いずれも2000年比で約30%まで激減しています。

販売台数が減れば、当然販売利益も減ります。少子化の影響も大きく、第二次ベビーブーム時代に年間200万人だった新生児数は、現在約80万人にまで減少しています。ピアノを習い始める年齢層の母数そのものが縮んでいるのです。

販売が振るわない楽器店では、社員の給与水準を上げる余力がありません。調律の請求金額自体も、歴史的に低く抑えられてきた経緯があります。ピアノ販売が伴う場合は販売利益から儲けが出るため、調律代金は安く設定されており、これが調律代金の市場の指標になってきました。つまり、楽器店が自ら「安い調律料金」という市場標準をつくり、それが社員の収入水準にも影響してきたとも言えます。


「市場が縮む中で進む生き残り合戦」

この業界を取り巻く状況を、数字で見ておきます。

国内ピアノ販売台数は1992年の11万3,500台から2010年には1万6,356台まで落ち込み、7分の1以下の水準になっています。その後も回復傾向は見られず、市場の縮小は続いています。

調律師を育てる養成機関にも、その影響は及んでいます。2018年に京都ピアノ技術専門学校が生徒募集を停止して閉校し、同年に国立音楽大学の別科調律専修も学生募集を停止しています。現在、一般の専門学校で調律を学べる機関はわずか数校にまで絞られています。

日本ピアノ調律師協会によると、国内で稼働中のピアノは600万台を超えると推定されており、調律師1人が年間600台を担当するとして8,000〜10,000人の調律師が必要とされています。ただし、同協会はこれが現在の調律師数とほぼ見合っているとも述べており、市場は飽和状態に近いと推察されています。

需要が増えない中で、養成学校の閉校により新規参入者も減りつつある——この状況は、既存の調律師にとっては顧客の奪い合いを意味します。技術力と顧客との信頼関係を持つ調律師は生き残れる。そうでない調律師は徐々に案件を失っていく。市場全体が縮小する中で、格差はむしろ広がっていく可能性があります。


「この構造をどう見るか」

外車と市営団地という対比は、調律師が悪いという話でも、楽器店が悪いという話でもありません。

業務委託調律師は、高い技術を身につけるために専門学校で300万円前後の学費を払い、10年近い下積みを経て、ようやく安定した収入を得られるようになります。その対価として高い報酬を受け取ることは、技術者として正当なことです。

問題があるとすれば、楽器店の経営側がこの報酬格差の構造を長年放置してきたことではないでしょうか。

業務委託調律師に支払うコストは変わらない。一方で、ピアノの販売台数は減り続け、社員の給与水準を上げる余力は失われていく。それでも「従来通りの業務委託モデルで回せばよい」という判断のまま、社員の収入改善に向けた経営戦略を打ってこなかった——。

縮小する市場の中で、外に出す報酬は手厚く、内側の社員には薄く、という構造が固定化していったとすれば、それは業界全体の経営判断の問題として問われるべきことだと言えそうです。

販売台数がピークだった時代に築かれたビジネスモデルが、市場が半分以下になった現在もほぼ変わらずに続いている。その歪みが積み重なった結果として、外車と市営団地が同じ業界に共存するという現実が生まれているのかもしれません。


出典

  • J-net21(中小企業庁)「ピアノ調律師|業種別開業ガイド」
  • 浜松ピアノ店コラム「ピアノの国内販売の右肩下がりが続いています」「ピアノ調律師のやりがいと収入は?」
  • 高橋ピアノ調律「ピアノ調律師になる方法は?」(note、2020年7月)
  • Medium plusadd「データで見るピアノ演奏人口の動向」(2021年2月)
  • 井上公人「日本におけるピアノ所有の社会的意味の変容に関する分析」(法政大学、2015-2019SSM調査研究報告書)
  • Wikipedia「ピアノ調律師」「京都ピアノ技術専門学校」
  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事
InouAyu

InouAyu

ベテラン生徒

フリーライターとして各Webメディアで執筆中。 4歳から音楽教室に通い続け、生徒歴20年を超えるベテラン音楽教室生徒の視点でONFAN.で記事を執筆。

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