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ピアノ講師が正直に明かす「通い続けてほしい生徒」の共通点

ピアノ講師が正直に明かす「通い続けてほしい生徒」の共通点-ONFAN

技術の高い生徒が、必ずしも「通い続けてほしい生徒」とは限らない。複数のピアノ講師のブログやSNSを読み込んでいくと、そんな見方が共通して浮かび上がってきます。

では、ピアノの先生が「この生徒には力を入れたい」と感じるのは、どんな生徒なのか。技術の差ではなく、もっと別の何かがそこにある、というのです。

今回は、ピアノ講師たちがWeb上で語ってきた言葉を横断して見えてきた「通い続けてほしい生徒」の共通点を整理してみます。


「”上手な子”よりピアノの先生が教えがいを感じる生徒の正体」

ピアノ講師のブログやnoteをいくつか読み込んでいくと、共通して登場する言葉がある。「上手な子」ではなく「向上心のある子」という表現です。

複数のピアノ講師が書いていたのは、こういうことでした。本気で練習してくる生徒、向上心のある生徒ほど、先生は口うるさくなる。なぜなら、それは期待の裏返しだからです。反対に、練習もしてこず、上達への意欲もあまり見えない生徒には、細かいことをあまり言わない先生も少なくないといいます。

これは少し逆説的に聞こえるかもしれません。厳しく言われる生徒のほうが、先生から見ると「育てたい」と思われているということになるからです。

ある講師はこう書いていました。「本気の生徒に失礼だから、本気で向き合う。そうでない場合は、正直あまり力が入らない」。きれいに言えば「期待の表れ」ですが、裏を返せばピアノの先生も人間であり、モチベーションが生まれる生徒とそうでない生徒がいる、という現実でもあります。

「上手な子が好きな先生」と「向上心のある子を応援したい先生」は、実はかなり違うタイプかもしれません。後者のタイプの先生の教室に入ったとき、最も恩恵を受けやすいのは、必ずしも最初から弾けた子ではないと言えそうです。


「ピアノ講師ブログに繰り返し登場するキーワード「素直さ」の中身」

「ピアノ講師ブログに繰り返し登場するキーワード「素直さ」の中身」-ONFAN

複数のピアノ講師ブログを横断したとき、圧倒的に登場頻度が高かったのが「素直さ」という言葉でした。

ただ、この「素直さ」という言葉は、文脈によって少しニュアンスが異なります。大きく分けると、2つの意味で使われていることがわかりました。

ひとつは、「指摘を受け入れて実践しようとする姿勢」という意味。ピアノのレッスンでは、毎回何らかの指摘が入ります。指の使い方、リズム、フレーズの終わらせ方……細かい指摘が積み重なる。そのとき、「ああそうか」と受け取ってすぐに試してみようとする生徒と、なんとなく聞き流している生徒とでは、先生の感触がまったく違うといいます。

もうひとつは、「自分の演奏に正直でいられる姿勢」という意味。「ここがわからない」「できなかった」と言える生徒は、先生から見ると「どこにつまずいているかがわかる」ためレッスンを組み立てやすく、結果として上達が早い傾向があるようです。

逆に言えば、「わかったふりをする」「曖昧にやり過ごす」という行動は、技術的な停滞に直結しやすいということでもあります。これはピアノに限らず、何かを習う場全般に言えることかもしれませんが、特に個人レッスンが中心のピアノ教室では、この影響が色濃く出やすいと考えられます。


「練習してこない生徒に、ピアノの先生が感じていること」

「練習してこない生徒」の問題は、ピアノの先生が書いたブログの中でも、特に多く取り上げられているテーマのひとつです。

ただし、先生たちの反応は一様ではありませんでした。「練習しない生徒にはやる気がない」と一刀両断するような声は、意外と少なかったのです。むしろ多かったのは、「なぜ練習できなかったのかを知りたい」「家での環境や、週のスケジュールが変わったのかもしれない」という観察の視点でした。

一方で、あるピアノ講師は率直にこう書いていました。「練習してこない状態が続くと、先生側も何をどう指導すれば良いか見えにくくなる。毎回ほぼ同じ曲を一から弾き直すような状態が続くと、レッスンの流れが作れない」。

ここから読み取れるのは、「練習量の多少」よりも「前回からの変化があるかどうか」のほうが、先生の感触に大きく影響するということです。完璧に仕上げてくる必要はなく、「ここは練習した」「この部分は難しくてできなかった」という痕跡があれば、先生はそれを起点にレッスンを展開できる。この違いは、小さいようで積み重なると大きな差になっていくようです。

また、複数の先生が共通して挙げていたのが、「練習してこない子よりも、練習したのに弾けない子のほうが、レッスンで深く向き合えることが多い」という感覚でした。弾けないこと自体は問題ではなく、何に向き合っているかが見えるかどうかが重要、ということかもしれません。


「ピアノの先生の関わり方が変わる生徒と変わらない生徒の違い」

ピアノ教室での個人レッスンは、1対1の時間です。先生がどれだけ本気で関わるかは、教室の方針や先生の個性にもよりますが、生徒側の反応によって変わることも多いと、複数の先生が語っています。

関わり方が変わるきっかけとして、先生たちが挙げていたのは技術的な「うまさ」ではありませんでした。「レッスン後に感想を言ってくれた」「弾いてみた感触を言葉にしてくれた」「家で弾いていたら気になったことを質問してきた」……そういった、レッスンとレッスンの間をつなぐような行動が、先生の関与度を自然に上げていく傾向があるようです。

あるピアノ講師のブログには、こんな一節がありました。「レッスンから帰ってすぐにピアノを弾きたくなった、という報告を保護者の方からいただくとき、それが自分にとって一番うれしい言葉だと感じる」と。良いレッスンの指標として「技術の向上」ではなく「またやりたい気持ちが生まれること」を挙げているのは、単なる美談ではなく、先生側の本音として多くの声に共通していた視点でした。

先生の関わり方が変わる生徒と変わらない生徒は、能力の差というより「ピアノとの関わり方の熱量が可視化されているかどうか」の差に近いかもしれません。


「上手さは後からついてくる。長く関わり続けたいと思われる生徒の傾向」

「上手さは後からついてくる。長く関わり続けたいと思われる生徒の傾向」-ONFAN

ここまで見てきたことを整理してみます。

複数のピアノ講師のブログやSNSを横断して浮かび上がってきた「通い続けてほしい生徒」の傾向は、技術の高さとはあまり関係がありませんでした。素直さ、練習してきた痕跡、反応の豊かさ、質問や感想を口にすること。これらはいずれも、「ピアノとどう向き合っているか」を先生に見せるための行動と言い換えられます。

先生たちの語り口には共通する姿勢がありました。「この子に力を注ぎたい」という気持ちは、技術的な才能よりも、その子がピアノと真剣に関わっているかどうかによって生まれることが多い、ということです。

もちろん、これは普遍的な話ではありません。先生によってスタイルも期待値もまったく違います。コンクール入賞を目標に置いているピアノ教室と、「好きな曲を楽しく弾けるようになればよい」という方針のピアノ教室では、「通い続けてほしい生徒」の像そのものが異なります。

ただ、どんなスタンスのピアノの先生であれ、共通して大切にしている何かはあるようです。それは「この生徒は、ピアノを通じて何かに向き合っている」と感じられることかもしれません。上手さは、その向き合いの先に後からついてくるものだという認識は、案外多くのピアノ講師に共通していると言えそうです。

では、逆に生徒や保護者の側からは、どんなピアノの先生が「通い続けたい先生」として映るのでしょうか。そして、先生側が求める生徒像と、生徒・保護者側が求める先生像の間には、どんなズレがあるのか。次回はその視点から整理します。

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InouAyu

InouAyu

ベテラン生徒

フリーライターとして各Webメディアで執筆中。 4歳から音楽教室に通い続け、生徒歴20年を超えるベテラン音楽教室生徒の視点でONFAN.で記事を執筆。

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