本記事は2回シリーズの第2回です。第1回「音楽教室の月謝はどこへ消える?楽器店社員の給料が安い本当の理由」もあわせてご覧ください。
子どものピアノ教室に通うたびに、受付のスタッフさんや教室の運営担当の方と顔を合わせます。いつも笑顔で対応してくれて、発表会のときはテキパキと動き回って、本当によく働いているなあと思っていました。
でも、あの方たちの給料って、いくらなんだろう。
元音楽教室スタッフとして働いていた私は、なんとなくその答えを知っていました。知っていたからこそ、あまり深く考えないようにしていた部分もあります。
今回、楽器店で10年以上働いた元スタッフの方から、当時のことを詳しく聞かせてもらう機会がありました。すでにその業界を離れ、別の道を歩んでいる方です。「同じような思いをする人が減ってほしい」という言葉とともに、話してくれました。
「課長になったら、給料が下がった」という現実
その方が見せてくれた給与明細には、支給合計が約25万円と記されていました。各種控除が引かれた後の差引支給額は約19万8千円。手取りで20万円を下回る水準です。
ここまでなら「まあそういうものか」と思う方もいるかもしれません。でも、この給与明細に記された月間の労働時間を見て、私は言葉を失いました。
200時間超。
これはあくまでタイムカード上の記録です。接待、発表会の運営、夜の営業活動、そういった時間はタイムカードには含まれていませんでした。それらを加えると、実際の労働時間は月350時間を超えていたといいます。休みなく働いたとしても、1日あたり11時間以上になる計算です。しかも残業代は含まれていません。みなし残業という仕組みで、一定の残業時間分がすでに給与に組み込まれているとされていたからです。
さらに驚いたのは、課長に昇格したときの話です。
係長時代は営業手当5,000円と役職手当5,000円、合わせて月1万円の手当がついていました。ところが課長になった途端、営業手当が廃止に。役職手当は5,000円のまま据え置かれたため、昇格と同時に手当が5,000円減るという、なんとも不思議な給与体系だったといいます。
「課長になって、最初の給与明細を見たときは笑うしかなかった」と、その方は静かに振り返っていました。
年間休日20日・100連勤超え。それでも「予算」は課せられた

音楽教室は土日に生徒が集中します。つまり、楽器店の社員にとって土日は最繁忙日です。平日に休みが割り当てられることもありましたが、実際には営業・販売活動や週末のイベント準備などで休みは取れず、年間を通じると休日はわずか20日程度だったといいます。有給休暇をきちんと取得できたのは、退職を決意してからのわずか1日だけだったそうです。
100日を超えて、休みなく働き続けたこともあったそうです。
月間の残業時間は平均して100時間を超えていました。自宅に帰っても仕事は続き、数少ない休日も仕事をしない日はほとんどなかったといいます。
労働基準監督署が職場に入ったこともあったそうです。それも一度ではなく、複数回。ただ、その都度、実際の労働時間が明細に正確に反映されることはなかったといいます。一部の楽器店では、閉業後に実態と異なるタイムカードの処理が行われていたという話も、業界では耳にすることがあります。
そんな環境の中でも、ピアノやエレクトーンの販売台数、音楽教室の生徒募集数など、月ごとの数字は常に課せられていました。「ノルマ」という言葉は使わず、「予算」と呼んでいたそうですが、達成できなければ厳しく詰められたといいます。
「売れるまで帰ってくるな」
100万円を超える楽器の販売を命じられ、そう言われたこともあったと話してくれました。
発表会の裏側で、社員は何をしていたか

子どもの発表会といえば、きれいに飾られた会場で、わが子が綺羅びやかな衣装でステージに立つ晴れの舞台です。保護者にとっても特別な一日のはずです。
でも、その舞台を支える側の話を聞いて、少し胸が痛くなりました。
発表会やコンサートでは、100kgを超える機材を使うことがあります。外部の業者に依頼する予算がない場合、それを社員が会場まで運び、セッティングまで行うことも珍しくなかったといいます。重い機材を何度も運び続ける中で、体を痛める社員もいたそうです。
しかし「怪我をしても、労災申請はしないように」と、口頭で釘を刺されることもあったといいます。
労災申請は労働者の正当な権利です。それを「しないように」と求めることは、本来あってはならないことです。ただ、当時はそれが当たり前の空気だったと、その方は話していました。
発表会はほぼ利益が出ないイベントだということは、第1回でお伝えしました。利益が出ないにもかかわらず、社員が体を張って支えている。その構造は、今も一部の楽器店で続いている可能性があります。
「辞めても他の会社ではやっていけない」という言葉
10年以上、その職場で働き続けたのはなぜか、と聞いてみました。
返ってきた答えは、少し予想と違いました。
「音楽が好きだったというより、そういうものだと思い込まされていた、という方が正確かもしれない」
入社したばかりの頃から、こんな言葉を繰り返し言われ続けたといいます。「社会とはこういうものだ」「ここを辞めても他の会社ではやっていけない」「仕事はお金じゃない、地域社会への貢献だ」。
毎日のようにそう聞かされていれば、やがてそれが「普通」になっていきます。給料が安くても、休みがなくても、体を痛めても、「自分が弱いせいだ」「もっと頑張らなければ」という方向にしか思考が向かわなくなっていく。
長時間労働が続く中で、職場では次々と精神的に限界を迎える社員が出てきたといいます。その方自身もある時期から眠れない夜が続き、体にさまざまな不調が現れ始めました。心療内科に通い始めたとき、待合室で顔見知りの同僚と鉢合わせたこともあったそうです。同じ職場から、同じ病院に通っていた社員が他にも複数いたといいます。
「会社がおかしいのではなく、自分がおかしいと思っていた」
その言葉が、ずっと頭に残っています。
ある日、「この場所のために自分の体を壊し続ける必要はない」とようやく気づき、退職を決意したそうです。退職後、しばらく休養を経て体調は回復していきました。今は全く別の仕事をしながら、充実した日々を送っているといいます。
こういった職場が、一つでもなくなってほしい

この話を聞いて、私が感じたのは怒りでも批判でもなく、どこかやるせない気持ちでした。
もちろん、こういった環境の職場はごく一部だと信じたいです。待遇がしっかりしていて、働きがいを持って続けている方もたくさんいると思います。
ただ、「社会とはこういうものだ」という言葉で入口を塞ぎ、「辞めても他ではやっていけない」という言葉で出口を塞ぐ。その構造の中で、真面目で音楽を愛する人たちが静かに消耗していく。そういう職場が業界の中に存在してきたこと、そして今も存在しているかもしれないことは、伝えておく必要があると感じています。
音楽を愛する人が、音楽の仕事を続けられる環境であってほしい。この記事を読んだ方の中に、今まさにそういった職場で消耗している方がいれば、「おかしいのはあなたではない」と伝えたいと思います。
【出典・参考】
- 元楽器店勤務者への取材(匿名)
- 労働基準法における労災保険の適用:厚生労働省
- 第1回:音楽教室の月謝はどこへ消える?楽器店社員の給料が安い本当の理由